こんな試合があったのか

 先ほどネットサーフィン(もはや死語か?)していたら、昭和51年(1976年)9月19日に行われたタイガースの試合の記事を目にした。

 この年は吉田義男が初めての監督になって2年目の年で、あの江夏豊がタイガースで最後の年となったシーズンだ。この年タイガースは首位と2ゲーム差で2位に終わった。ジャイアンツが長嶋茂雄監督2年目で前年最下位から一転リーグ優勝した年だった。

 目にした記事(こちら)は、甲子園で広島カープとのダブルヘッダーがあった第1試合のもので、なんと1試合に9本のホームランが飛び出したというものだった。

 9本のホームランの内訳は、ブリーデンが32号・33号、池辺11号、田淵が32号・33号、ラインバックが18号・19号、中村勝12号、掛布20号と、なんとも懐かしい名前がずらずらと並んでいた。

 そんな試合もあったのか、と私は全く記憶がない。もっとも、その頃の私はまだ大学生で、日々麻雀ばかりしていて、今ほど毎日タイガースの試合を見てはいなかったのである。(^^ゞ

 ただカレンダーを調べてみると、その日は日曜日だった。日曜日に友人を誘って大学の近くで麻雀していたはずもない。そもそも当時に時々行われていたダブルヘッダーの試合の多くは日曜日に行われていた。記憶にないのは単に年を取ってしまったからだろうか。いやいや、今と違って、タイガースの試合を毎日テレビ中継していることもなかったからに違いない。もし観ていたら、こんな派手な試合を忘れてしまうはずはない。うん、そうだ。私の脳みそに衰えはない! そう思っておこう。(^_^)

 それにしても実に懐かしい。赤鬼と恐れられたブリーデンにガッツ溢れるプレーでスタンドを沸かしたラインバック。彼らはこの年に来日して1年目だ。最初からよく打ってくれた。掛布は3年目の若虎で元気いっぱいのプレーが好きだった。田淵は脂が乗り切ったすごいホームランを量産していた打者だった。

 こんなに強打者が揃っていたのに、優勝には手が届かなかったとは・・・。今、こんなメンバーが打線に並んでいたら、もう毎年“アレ”ができるのではなかろうか。当時は、なんとも豪快な試合をしていたものだ。


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